<ガンガサガールの漁師>

ガンガサガールの漁師

 カルカッタから電車とバスで三時間程の所に、サガールアイランドという島がある。そこは、ガンジス川の終着点とされている。その島の最南端、ベンガル湾に面したガンガサガールというポイントは、ヒンドゥーの聖地とされている。私は、そこのお寺に泊まり、毎日、ただブラブラと歩いていた。

 

 ある日、いつものように、いつもの海岸へと繋がる道を歩いていると、道沿いの家から一人の男が出てきて、私の少し前を同じ方向に歩いて行くのが見えた。私には、その男が少し不自然に見えた。男は、修行者、あるいは僧侶の格好をしていたが、体つきは労働者のようにしっかりしていた。巡礼者にしては若すぎる。私は、男を追うように同じ道を歩いた。

 

 しばらくすると、男は、道沿いにある木と土とヤシの葉で出来た小さな家に入ろうとしていた。そこは、以前から少し気になっていた所だった。人の住む家に見えたが、小さな入り口の扉はいつも鍵がかかっていた。男が鍵を開ける姿を見て、私は少し早歩きになった。家の中を覗くと、そこには、インドを旅して何度も目にした神様が、六畳もない薄暗い部屋にボーッと浮かんでいた。男は、その前に置かれた真鍮の器に花を供え、線香を焚き、火を灯していた。

 

 私は、男に静かに話しかけた。男は、顔色を変える事なく私を中に導いた。御神体の前には、たくさんの、まだ生き生きとしたハイビスカスが並べられていた。男は、祈り始めた。鳴らした鈴の音は、軽く灼熱の空へ飛んでいき、男の体は石のように丸くなり、額を土の床に付けている。私は、祈りが終わるのを待った。外は、部屋の中とは違う世界のようにまぶしく光っていた。開きっぱなしの扉から外の光が入り、男の背中を明るくしている。ふと扉の方を見ると、数人の子供達が光を遮るように部屋の中を覗き込んでいた。男は、祈りを終えると、子供達にお供え物である米のお菓子を与えた。

 

 私は聞いた。

「あなたは、僧侶ですか?」

「いいえ、私は漁師です。毎日、正午になると、ここへ来て神に祈りを捧げるのです。」

 

 満足して、それ以上聞かなかった。

 

 私は、翌日も同じ時間に同じ道を歩いた。やはりそこには、鈴の涼しげな音色が響いていた。そこには、見栄も意地も嘘もない、ただ、ひたむきに祈るだけの本当の信仰があった。