<バウナガルの駅舎にて>

バウナガルの駅舎にて

 バウナガル駅の待合所。産まれたばかりの子牛と母牛。

 

 夕日の反射光を浴びて黄金に縁取られた母牛は、美しく優しさが満ち溢れていた。こんな光景が待合所で見られるのもインドならではの事である。しかし、この心安らぐこの光景は、この後、血まみれの残酷なものになってしまう。

 

 なにやら、母牛の様子がおかしい。母牛は次第に弱々しくなり、大きな体を横に倒し、膣部分が異様に盛り上がり苦しそうだった。何も解らない私は、二頭目なのかと思ったが、そこに白衣を着た医者らしき人が来て理解した。医者は注射を打つと母牛の膣に手を突っ込み、何かをまさぐっている。その何かを取り出したいらしいのだが、中々うまくいかない。そのうち、抜いた手と一緒に内臓が出てきてしまった。体に押し戻すが、すぐ出てきてしまう。これをどれくれい繰り返したのだろうか。母牛は苦しそうに足をバタバタさせ、辺りの床いっぱいに広がった血を蹴る。飛び散った血は私の足に付いた。濃い血だと思った。私は何故か、染み込めと思った。

 

 母牛は死んだ。気がつくと母牛は動かなくなっていて、一人の老人が母牛の眼球をベタベタ触る。母牛は反応しない。老人は、私を見て一言も言わずに、手振りで「死んだ、そして、天国に行った」と教えてくれた。

 

 子牛は動かない母親の傍らで、立ち上がろうとする。震えながら、細い足を立てるが、広がった母親の血で滑り、中々立てない。何度も立ち上がろうとするが立てない。結局、子牛は立てずに、地元の人に抱きかかえられ、連れて行かれた。気がつくと、周りには、沢山の子供達が鉄格子の窓越しに、血まみれの母牛を見ていた。しっかり握られた鉄格子の間から覗くその目は、真剣そのものだった。

 

 私は、羨ましいと思った。先程まで見ていたものに、日常の世界として触れることが出来るのである。あの、母牛から出てきた臓物は、スーパーマーケットの精肉売り場でラップをかけられたステーキ用とは違うのだ。

 

 一人の汚れた服を着た子供が、ほうきを持ってきた。その子供は、ほうきで羊水を掃き、血を掃いた。母牛には、白い布が掛けられた。そして、一時間後には、母牛の姿はなく、平凡な風景があるだけだった。