<デビーおばちゃん>
人の顔を見てハッとする時がある。奇麗な笑顔を見た時である。
奇麗な笑顔といっても、女優やモデルの笑顔が綺麗だという事ではない。ごく普通の人達の中にも、あるいは、ごく普通に生活出来ているからこそ、得られる素敵な笑顔があるのではないだろうか。
世の中には、本当に花が咲いた瞬間のような笑顔を見せる人がいる。私は、そのような笑顔を見ると、もしろん嬉しく、清々しい、いい気持ちになれるのだが、その反面、自分自身はどうであろうか、こんなに奇麗に笑えるのだろうかと答えがでそうにもない自問自答をしてしまう。人の顔は、その人が生きてきた痕跡だという。その人の履歴書だという。恐ろしい言葉である。
ダージリン。インドの東北部にある、植民時時代のイギリス人の避暑地として開拓された世界的に有名な紅茶の産地。このダージリンの街から少し下った所にトクバル村がある。そこで出会ったデビーおばちゃんは、まさに花を咲かせたような笑顔を見せてくれる人だった。
私は、デビーの家に二週間程滞在させてもらったのだが、とうとう、デビーより早く起きることは出来なかった。デビーに限らず、村の人々は、特に女性は早起きで規則正しい生活をし、きれい好きでよく働いた。デビーは朝から家事をして、村に響くサイレンと共に茶摘みの仕事に向かう。昼休みは、洗濯などして何かしらの仕事をしている。しかし、見る限り、その表情には辛さや疲労感など微塵もなく、むしろ明るく充実感が溢れているように見えた。規則正しい生活をしているが、無理はしていない。ゆっくり、確実に仕事をこなし、休む時は休む。時間のゆとりが、そのまま心のゆとりになっているようだ。
私は、滞在の最後の日、デビーの写真を撮った。外は、この時期特有の霧で覆われていたが、そんな天気の中、デビーは晴々としたいい笑顔を見せてくれた。はっとする笑顔である。
「口は心の窓」。言葉の重要性を示した言葉である。「顔は心の鏡」。こんな言葉があるかは定かではないが、要するに、そういう事なのであろう。
幸せは心の平和だと思う。優越感も高揚感も幸せには繋がらない。むしろ縁遠い存在のように思える。落ち着いた心、時間に追われず、自然に囲まれて、日々充実して過ごす。これが最大でも最小でもなく、ズバリど真ん中の幸せだと思う。そして、私には、デビーの笑顔が、ど真ん中の笑顔に見えた。