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<リキシャーワーラー>

リキシャーワーラー

 コルカタ(旧カルカッタ)の裏路地を歩いていると、後ろから鈍い鈴の音が聞こえてくる時がある。そんな時は、左右どちらかに寄って道を空けてあげた方が良い。コルカタ名物リキシャー(人力車)のお通りである。

  

 現在コルカタで登録されているリキシャーは五千台以上にも及ぶが、政府からのライセンスの発行は中止され、ビジネスエリアも制限され、滅びゆく運命にあると言われている。しかし、リキシャーワーラー(人力車夫)は、そんな運命にあるものとは思えない程に街にとけ込み、その姿は力強く、勇ましいエネルギーに満ちている。

 

 写真は、リキシャーワーラーのハビブ。登録ナンバー3278のリキシャーを操る五十歳の男。

 

 コルカタ滞在の際に常宿にしてるホテルの近くの交差点に、常に何台かのリキシャーが客待ちで路肩に止まっている場所がある。その時も、そこでハビブを探した。見当たらないのでそこを通り過ぎ、チャイ屋の前を通った。すると、見覚えのある細い背中があった。私が声をかけると、ハビブは、おお、日本人、元気だったか?とばかりに、私を椅子に座らせて、私の分のチャイを注文し、似合わない笑顔を見せた。

 

 久しぶりに会った彼は、以前に比べると白髪が多くなったものの、鋭い眼光はそのままで、シャツや腰に巻いたルンギーも全く同じものではないかと思わせる程に変わりなく、相変わらずの裸足であった。私は、サンダルの事について聞いてみた。ハビブが少し考えるように遠くを見ると、他の男が割って入り、彼は金がないからサンダルを履いてないんだと言う。私は意外に思った。彼は、ひとつのポリシーとして裸足でいるのだと思っていたのだ。

 

 翌日、ハビブがいる交差点へ行き、使わなくなったインド製の新品同様のサンダルをくれてやった。笑わない男が、また、ニヤッと笑った。そして、さらに次の日にハビブに会うと、彼は相変わらずの裸足であった。私がサンダルの事を聞くと、サンダルが足に合わず靴擦れが出来て駄目だという。嘘である。この木の根っこみたいな足に靴擦れなど出来る訳がない。他の奴に売ったなと聞くと、いや、家にあると言い張る。私は、少し嬉しかった。ぶらりとやってきた日本人に、いちいち気を許していたら、インドでリキシャーワーラーなんてやっていられないのである。

 

 都会は金を稼ぐ場所である。人の真の安らぎとは無縁の場所である。私は、都会に生きる人間として、彼らリキシャーワーラーの、シンプルな力強さに憧れさえおぼえる

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