<きれいな眼>

きれいな眼

 私は、本当の自分の顔を知らない。

 

 多分、ほとんどの人がそうだと思う。人は、鏡の前に立つと、自分の理想に近づけるように顔を作ってしまうという。目の小さい人は大きく、鼻の穴が気になる人は顎を引き、口がへの字の人は必要以上に口角を持ち上げる。鏡の前の自分はいつも理想に近い顔である。そして、私も、外をあるいている時、話をしている時、笑っている時、悲しんでいる時、怒っている時の自分の顔を知らない。本当の顔を知らない。

 

 オムカリシュワルで、ある男に出会った。その男は、バススタンドに向かって歩いていた自分に突然話しかけてきた。「靴、直すよ。」いつもの癖で、振り向くと同時に「No,thank you」と断った。男を見ると、意外に低い位置にその男を見た。一瞬ドキッとした。視線をそらした男の目が、不思議なくらい綺麗だったのだ。私は、そのまま歩いてバススタンドに向かったが、あの男の目が気になり、来た道を引き返した。

 

 男はいた。コンクリート造りの複合テナントの横にちょこんと座っていた。男の周りには、客が数人立って、靴の修理を見守っていた。私は、向かいのチャイ屋に入って客が引くのを待ったが、客は中々引いてくれない。しびれを切らして男の元へ行くと、最後に残った子供の壊れたサンダルを見ていた。持ち主である子供は、小さいビニールの容器に入ったオレンジ色のジュースをクチャクチャとだらしなく飲んでいた。私は、とりあえず、その子供に話しかけた。「それ何?オレンジジュース?」「ペプシ。ペプシ。」子供は面倒臭そうに答えた。明らかにペプシではない。男は微笑みながら子供と何やら話している。お金の話だろうか、パイサ(金)という言葉が混じっていた。そして、サンダルに小さな釘を2本打ちつけて子供に渡した。子供はサンダルを履き、ジュースをクチャクチャしながら振り向き、不審な目で私をチラッと見て歩いて行った。子供が、お金を払わずに行ったことを男に尋ねると、子供から金なんか取らないよ、といった感じである。

 

 改めて男を見ると、ヘアスタイルに几帳面なインド人にしては珍しくボサボサな頭で、服は汚れきっていたが、埃まみれの顔の中で、やはり目だけは不思議なくらい光っていた。私は、その時になって男の片足の膝から下が、しぼんだように短く、骨がないようなクニャクニャしているのに気がついた。先程から、男が小さく見えたのは、この為だった。私は、いくつか置いてあったサンダルを指差して、修理の値段を聞いたりした。説明してくれる男の顔は優しく、長いまつ毛に囲まれた目は、インドの強い日差しを受けた道路や壁を映し込み、潤んで光っていた。自分のサンダルに壊れてるところがないか隅々まで探すが、見当たらない。旅の脚には、しっかりした物をと思い、高いサンダルを買った事を後悔した。「サンダルは壊れていないんだ。」「OK,OK」男は気にするなといった感じで軽く微笑んだ。

 

 私は、不安に思う。はたして自分はどうなんだろう。あんなに綺麗な目を持っていなくとも、少しはまともな顔をしてるだろうか。表情はどうだろう。醜い顔をして街を歩いていないだろうか。「顔は心の鏡」という言葉を思い浮かべた。

 

 私は、宿の共同シャワー室にある、斜めに傾いた鏡の中に、自分の顔を映してみる。しかし、本当の自分の顔を知らない。鏡を見ながら、目の前の顔とは違う顔を見ようとしている。おかしな話である。顔が薄暗い壁をバックにヌボーッと浮かんでいる。いつもと同じ角度、同じ目の大きさ、いつものように、だらしない口を無理につむり、いつもより少し不安な表情のようだ。私は、十徳ナイフを取り出し、その中のハサミで髭を整え始める。