<ガンジス川のほとり>

ガンジス川のほとり

 視覚って面白いですね。今朝、僕はガンジス川にカメラを落として暇になったので、川岸のチャイ屋でガンジス川を眺めていたのです。カメラは幸いにも拾い上げられたので、今は部屋で乾燥中であります。

 

 ガンジス川はいいです。少々の憂鬱なら眺めているだけで消してくれます。そんなことで、ガンジス川に甘えるように、憂鬱が安らぐのを感じながらボーッとして、ただ、なんとなく、どこというわけでもなく、少しピントを外したように川面を眺めていたのです。

 

 一瞬、不思議に思いました。広い川の中央辺り、鳥が川の上に立っているのです。おや?と目を細めると、鳥はバタバタと飛び去りました。そして、そこには、足場になっていた物が残っていたのです。岩ではないでしょう。微かに流れているようです。ゆっくり移動しています。死体のようです。人間の頭と肩の様に見えます。沐浴をしている状態に似ています。その死体は、ゆっくり流れているのですが、また一瞬、不思議に思いました。その死体が、川の流れと逆方向に向かっているのです。意思があるように見えました。川の流れに逆らって、微かな力で、ゆっくりゆっくり上流へ、上流へ。そんなに力まないで、流れに身を委ねればいいじゃないか。川はいずれ海へと繋がり、海から水蒸気として雲へ上がり、雲から…なんて考えながら、僕は、既に馬鹿馬鹿しく思って笑ってしまいました。そんな馬鹿な。死体に意思があるものか。死体は生きてない。ただの物です。人間は、ごろりと寝るが、死体はころりです。

 

 僕は、乾期の穏やかなガンジス川の流れで、上流と下流の方向を見失っていたのです。この暑さの中では、蘇生の風と言っても大げさにならない涼しい風が川を撫でて、川の表面だけが下流から上流へ波を立てていたのでした。

 

 僕も、そんなに馬鹿ではないので、長い事、気がつかなかった訳ではないのですが、しかし、なんとなく、それでもいいのではないだろうか、死体が下流から上流へ流れてもいいのではないだろうかと、意味なく頷いていたのです。暑い日でした。