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<カルシャ僧院>

カルシャ僧院

 北インドの山奥に、ザンスカールという地域がある。標高三千五百メートルから七千メートルに及ぶ高地。夏は乾燥し涼しく過ごしやすいが、冬は寒さが厳しく、マイナス二十度を下回る事もある。石や岩だらけの荒野の土地で、雪解け水を頼りに生息する僅かな緑のもとで、人々は生活している。厳しい環境のためか、人々は、アニミズムを融合したチベット仏教を強く信仰し、その性格は、おおらかで力強い印象を受ける。

 

 私は、ザンスカールの中心の街で、一番大きいゴンパ(僧院)があるカルシャゴンパに向かった。ここで、私は、良い意味で大きく期待を裏切られ、意外な感覚を埋め込まれた。

 

 狭い入り口をくぐり本堂内に入ると、大人から子供までの五十人くらいの僧が座っていた。室内は、小さな窓が一つあるだけで、洞窟のように暗かった。間もなく、本堂内に「経」が静かに広がりはじめた。

 

 私は、信心深いというザンスカールの人々のイメージから、熱い勤行が行われるのであろうと確信していたが、実際は、熱いとは程遠い、だらしないものであった。特に若い僧は、おしゃべりをしたり、戯れあったり、あくびをしたりで、年配の僧は、それらを注意したりせず、黙々と自分達のやることを進め、老年の僧の中には、明らかに居眠りをしている者もいた。私は、思わぬ光景に一瞬退いてしまった。しかし、私は、このいい加減な勤行を笑えなかった。

 

 私は今まで、宗教というものは、一瞬でも日常と離れた緊張した時間があるものだと思っていた。神や仏と向き合う時間、宗教とは日常と違う別の時間を持っているものだと思っていたが、ここではそれがなかった。食べるように、歩くように、当たり前のように仏の前に座っている。日常の中に仏がいるのである。私は、こんなだらしない姿に、生活と宗教の間に線が引かれていないことを思い知らされた。そこには「信仰の熱さ」ではなく「信仰の厚さ」が存在していた。

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